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天后宮東側、万軍井戸前に位置し、現在地は前清時代「海壇館」の厨房とする。早期の海壇館と施公祠は現澎湖病院内東側に在り、1913年日本統治政府がその2つを撤去しその跡に澎湖病院を建設した。その旧部分は後代の子孫の物となり、祠内施琅神像及び祭祀文物は中央街の現在地に移され、自ら祠を建て奉っている。

元を媽宮大井戸、またの名を「師泉井戸」と云う。伝説によると1683年、施琅が海軍を率いて明朝将軍劉国軒を撃破し、大軍で媽宮進駐後、率いる官兵に供する水源に苦労し、施琅は媽租の導きを求め、媽祖宮東側に井戸を掘り、掘った水源は絶えることなく、数万の兵士の渇きを癒したことから「万軍井戸」と称された、と云われている。

澎湖縣馬公市中央里1巷10號及11號旁

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